試合観戦やイベントなど、オフラインにおけるイメージが強いスポーツビジネスですが、デジタルマーケティングによる施策の成功事例が増えています。テクノロジーやデータ活用によって、プロスポーツチームのデジタルコミュニケーションはどのように変化するのでしょうか。具体的な事例を見ながら、スポーツビジネスにおけるデジタルマーケティングの将来性も含めて解説します。
スポーツビジネスとは
スポーツビジネスとは、スポーツを起点に生じる価値を収益化することの総称です。スポーツには試合などのイベント開催、グッズや用品の店舗販売、スポーツ施設経営、アスリートやチームを主軸とするファンビジネス、放送・報道を通じたメディア事業など、あらゆるビジネスが内在しています。
国内では2015年にはスポーツ庁が設置され、2025年までにスポーツ産業の市場規模を15兆円に拡大するといった目標も掲げられています。
>> 日本スポーツの5か年計画がスタート(2017年4月~2022年3月)|スポーツ庁
プロスポーツにはステークホルダーが多いという特徴があります。チーム所有者の経営やマネジメントだけでなく、選手のタレント性やスキルセットなどの要素が絡み合い、何よりスポンサーやファンによる資金的な支えがビジネス成功の鍵を握ります。さらにチーム拠点の自治体や国が関わってくることも多く、オリンピックを始めとしたグローバル展開を行うケースも念頭に置く必要があります。
また、プロスポーツとは異なりますが、昨今は「生涯スポーツ」による健康寿命の延伸といったテーマも注目されています。個人が自ら取り組むスポーツについても、ビジネスの裾野はますます広がっていくことでしょう。これ以外にも、小売や施設運営などさまざまな「スポーツビジネス」が存在しますが、本記事ではプロスポーツビジネスに絞って、デジタルマーケティングとの関係を解説していきます。
プロスポーツとデジタルマーケティングの相性
まずは、スポーツビジネスにおいてデジタルマーケティングの施策が極めて重要である理由を考えてみます。
選手(インフルエンサー)とファンを内包する
スポーツにおけるマーケティングの根幹にあるのは、選手(またはチーム、競技)とファンの関係性構築、つまり「ファンマーケティング」の構図です。選手やチームは、努力を重ねてきたバックグラウンドや独自のタレント性を有します。また、試合の勝敗という即時性の高い話題が定常的に生まれることもスポーツの特徴です。そして、ファンはその情報を自ら取りにいくため、スポーツに関わるデジタルコンテンツの多くはファンのニーズに合致しており、価値が高いと言えます。
もともと強力なコンテンツと仕組みを有しているという点は、マーケティング的な観点でのスポーツの強みと言えるかもしれません。その強みを活かす手段として、デジタルマーケティングは相性が良いのです。リアルタイムで試合結果を伝えるSNSや選手の魅力を伝えやすい動画配信などと表現の選択肢が多いのはもちろん、デジタルでの発信やコミュニケーションによって、ファンとの関係性を継続的に構築し、強めていけるのです。
OMO戦略を推進しやすい
「OMO」の基盤を構築しやすい点も、スポーツとデジタルマーケティングの相性が良い理由のひとつです。OMO(Online Merges with Offline)とは「オフラインとオンラインの融合」を意味する言葉で、オン・オフラインの垣根を越えて統合的に顧客データを管理・分析し、双方向にデータを活用する状態などを表します。これまでにも注目されてきた「O2O」や「オムニチャネル」との違いは、事業者主体ではなく、データを基点にしたユーザー目線で各チャネルを融合させる点です。あらゆるユーザー体験を中心にコミュニケーションを設計していくことから、昨今のマーケティング戦略の軸として注目されています。
現在、eスポーツなどのオンライン大会も増えてはいますが、人々が身体を動かすスポーツ競技にはオフラインの場が欠かせません。オフラインでこそできる「試合」というコンテンツがあることは、スポーツの強みとも捉えられます。コロナ禍で各商業のオンライン化が急速に進む中で、オフラインでしか享受できないスポーツ体験に対する価値は高まっているとも考えられます。
今後、スポーツ産業においてデジタルマーケティングの手法がより活用されれば、試合観戦やイベントなどオフライン開催するコミュニケーションと、チケット購入やファンコミュニケーションを通じたオンラインコミュニケーションのデータを結びつけ、理想的なOMOを実現することができるはずです。
スポーツチームによるデジタルマーケティング事例
では、実際にプロスポーツビジネスにおいてはどのようなデジタルマーケティング施策が行われているのでしょうか。
NFTを活用する川崎ブレイブサンダース
B.LEAGUEに所属するプロバスケットボールチームの川崎ブレイブサンダースは、ファンに提供する付加価値を高めるさまざまな施策を実践しています。例えば、ファンを対象としたオンラインサロンでは、選手とファンの関係性を深めるイベントが実施されています。選手によるオンラインサイン会やオンライン打ち上げ(参加者抽選)など、試合とは異なる切り口でファンのニーズを満たすコンテンツが豊富です。
また、2022年に正式提供された、ブロックチェーン技術を用いた独自のオンラインカードゲーム「PICKFIVE」は、試合で活躍する選手を事前に予想してピックするというシンプルなルールのコンテンツです。試合中の選手の成果とユーザーの予想によるスコアランキングがリアルタイムで反映され、予想が当たるほど、それに準じたスコアを獲得できます。観戦に新たな楽しみを付加する本コンテンツは、自宅にいながらもスマートフォンで手軽に参加でき、ファンの間で人気を集めています。
NFTを活用したコミュニケーションは、Bリーグに限らないプロスポーツ界隈で賑わいを見せています。日本プロ野球では各球団がNFTやメタバースを用いたファンサービスを展開したり、Jリーグでは2022年に楽天が提供を開始した「Rakuten NFT」にて、公認のNFTコレクションを販売開始する動きなども見られます。
ロコ・ソラーレのSNSコミュニケーション
カーリングチームのロコ・ソラーレは、オリンピックがきっかけで一躍注目の的となりました。ひとつのチームが牽引する形で競技の認知も広がった特殊なケースですが、その中の施策を紹介します。
日本カーリング協会が配信するYouTubeコンテンツ「#カーリング沼へようこそ」は、ハッシュタグを冠したタイトルが示す通り、テレビ番組でカバーしきれないカーリングの奥深い魅力を発信しているところがポイントです。出演者にはロコ・ソラーレのメンバーをはじめ、コーチや他チームのメンバーも起用。選手のファンに、カーリングという競技全体に興味を持ってもらえたらという企画になっています。
もともとはオリンピック期間中、「もぐもぐタイム」や「そだねー」といったトレンドワードとともに、SNSやニュースメディアを中心にロコ・ソラーレへの注目が集まりました。それを一過性の流行にとどめず、競技そのもののファンへと定着させたのは、上記を含むオンラインマーケティング施策の力と言えるでしょう。また、定期的なコンテンツ配信を続けることで、オリンピック以外にも認知の機会を増やすことに成功しています。
米国メジャーリーグに革命を起こした「スタットキャスト」
米国メジャーリーグでは、セイバーメトリクス(SABR metrics)と呼ばれる定量的なKPIを重視する傾向が年々高まっています。2011年に公開された、実話を元にした映画「マネー・ボール」の中でも、マネージャーやスカウトの経験則(定性調査)を基準に選手をスカウトしていた弱小球団が、新たにセイバーメトリクス(定量調査)を基準にチーム強化を試みた結果、試合に勝ち続けてメジャーリーグを席巻した様子が描かれています。
実際に、メジャーリーグ全30球団の球場では「トラックマン」という弾道測定機器がデータ計測に使われています。トラックマンは、投球や打球の回転数、角度、飛距離などが計測できるシステムで、選手ごとのプレイデータを収集することができます。「Google Analytics」が野球界に導入されたような状態をイメージするとわかりやすいかもしれません。昨今では、トラックマンと映像解析システムを統合したITシステムである「スタットキャスト」と呼ばれるデータ解析方法がメジャーリーグのトレンドとなっています。これにより、選手のあらゆる動きのデータ収集や、リアルタイムなデータ分析が可能になっているのです。
>> スポーツ×デジタルの融合〜米国メジャーリーグに革命を起こした「スタッドキャスト」〜
スポーツ×デジタルマーケティングを成功させるためには
これらの成功事例に共通しているのは、ファンの視点に立ったコンテンツづくりと、効果的なプラットフォーム活用、そしてオンラインとオフラインの利点を生かした的確な戦略構築です。試合観戦による感動や、グッズやチケットなどの消費行動があることは大前提ですが、それ以外にもスポーツチームファンのニーズは多岐にわたります。選手をより身近に感じたい、競技や選手の技術についてさらに知りたい、あるいは、観戦よりもダイナミックな手段でチームに貢献したいというニーズもあるかもしれません。
こういったニーズを満たすために、SNSやオンラインのファンコミュニティを通じてデジタルコンテンツを発信することには大きな意味があります。また、各競技やチーム、選手のファンがどんな「もっと」を抱いているかを知るためには、ファンの声を聞くことや、データを分析するほかありません。
スポーツビジネスを盛り上げるデジタルマーケティングへの期待
今後デジタルマーケティングがスポーツビジネスに与えるであろう影響は、さまざまな観点から挙げられます。
まず、試合やファンコミュニケーションなど、チームや競技に関わるデータ取得と活用についてです。多くのチームはファンクラブを有しており、ファンから意見や希望を取りやすい環境が整っています。その土台を活かしつつ、観戦などのオフラインも含めたデータ統合の基盤を作れば、よりファンの視点に立った、緻密な戦略を打ち出すことができるでしょう。また、昨今各競技において進んでいる傾向ですが、チームが各々マーケティングするのではなく、カーリングの事例のように競技全体のファンを作るべくチーム同士で横断的な動きを取れると、より市場が活性化されるのではないでしょうか。
試合観戦におけるテクノロジー活用についても、興味深いソリューションの開発が進んでいます。例えば、5G回線を活用したスポーツ中継では、任意のカメラアングルでの観戦や、選手のデータチェックなどが実現すると言われています。そこにVR技術などを掛け合わせることで、バーチャル空間で試合観戦ができる体験が生まれるかもしれません。
また、選手のタレント性や影響力を施策によって高めることも可能です。先に挙げた川崎ブレイブサンダースのように、昨今話題のブロックチェーン技術やサブスクリプションサービスなどのアイデアを活かすことで、新たなファン層の獲得や、選手とファンの関係性強化による持続的なファン活動を促せるかもしれません。
試合の勝敗や年俸交渉にはデータ分析を活用したアプローチ、若い世代のファン創出・ファンのコミュニティ形成にはNFTやメタバースなど新たなチャネルでのアプローチが今後増えていく可能性など、デジタルマーケティングによりスポーツビジネスは今後ますます加速していくでしょう。それに伴い、テクノロジー支援やコンテンツ企画など、企業が提供できる価値の幅も広がっていきそうです。こうしたトレンドをキャッチアップしつつ、柔軟な考え方でスポーツビジネスを捉えていくと良いでしょう。