アメリカのラスベガスで2025年3月18日(火)〜20日(水)の3日間にわたり開催された「Adobe Summit 2025」。本連載では、現地に参加したUWメンバーが得た最新情報や今後のマーケティングトレンドなどについてをお届けします。
第1回となる今回は、Adobe Summit 2025の概要と今年のメインテーマである「顧客体験オーケストレーション」について、そして次世代のBtoBマーケティングの姿をご紹介します。
Adobe Summit 2025開催概要
Adobe Summitとは
Adobe Summitは、Adobe社が毎年開催している、デジタルマーケティングやデジタルエクスペリエンス分野の一大イベントです。KeynoteやSessionを通じてAdobe製品の最新機能に関する発表や、業界問わずAdobe製品を活用した成功事例や取り組みなどが紹介されます。
今回のAdobe Summit 2025は、2025年3月18日(火)〜20日(水)の3日間にわたり、アメリカのネバダ州ラスベガスで開催されました。今年で23回目を迎える本イベントには、約12,000人が参加。300以上のセッションが行われ、世界中のマーケティング関係者が最新技術や事例について知見を深めました。
セッションを通じて、Adobe製品のアップデート情報だけでなく、先進企業の実例やこれからのマーケティングを考える上でのヒントも数多く得ることができ、学びの多い機会となりました。今回のレポートではそれらの中から特にお伝えしたい内容をピックアップしてご紹介していきます。

イベントの雰囲気
会場のベネチアンコンベンションセンターは朝から熱気に包まれ、基調講演のメインホールはすぐに満席となりました。また、Adobe社をはじめとする各企業のブースエリアでは、製品デモやネットワーキングが活発に行われていました。


メインテーマ「顧客体験オーケストレーション」
Adobe Summit 2025では、「顧客体験オーケストレーション(Customer Experience Orchestration)」がメインテーマのひとつとして掲げられました。顧客との接点が多様化・複雑化する中で、それらをどう整理し、どのように一貫した体験として届けるかが、企業にとって重要な課題になっていることが背景にあります。
今回のSummitではKeynoteやSessionを通して、生成AIやAIエージェント(Agentic AI)を活用しながら、複数のチャネルを横断して一貫した体験を実現するための方法が紹介されました。
顧客体験オーケストレーションとは
「顧客体験オーケストレーション(Customer Experience Orchestration)」とは、顧客とのあらゆる接点をひとつの流れとして捉え、必要な情報やサービスを適切な形で届けるための考え方です。より深い顧客理解、最適なタイミングでの提供、ニーズの予測の3つが鍵となります。
リアルタイムでパーソナライズされた顧客体験を実現するには、単なるデータ収集や分析にとどまらず、コンテンツの生成や配信、効果検証、次のアクションの意思決定までをひとつの仕組みの中で回していくことが大切です。それらの仕組みを支える基盤として、リアルタイムで動く統合プラットフォームの存在が欠かせない、というのが今回の主なメッセージでした。

顧客体験オーケストレーションを実現するために
実際に顧客体験オーケストレーションを実現するために必要な要素としていくつかの重要な観点が取り上げられていたので、ピックアップしてご紹介します。
デジタル体験と創造性
ここでの「創造性(creativity)」とは、顧客体験を高め、マーケティング成果につながるアイデアを具体化する力です。視覚的・直感的なデジタル体験が重視される中、「何を」「どう伝えるか」がますます重要になっています。限られたリソースの中で、創造性を持って効率的に価値を届ける取り組みが求められます。
AI活用と業務の最適化
AIは創造性を代替するのではなく、それを支えるツールとして活用されるべきです。業務プロセス全体をAIで効率化・統合し、マーケターが顧客理解やブランド戦略といった本質的な業務に集中できる環境をつくることが理想の姿として示されました。
パーソナライゼーションの重要性と拡大
顧客体験オーケストレーションでは、よりパーソナライズされたコンテンツ配信が重要です。そのためにはチャネルを横断した顧客理解が必要であり、「単一顧客プロファイル」を基盤として活用することが求められます。本イベントでは、CDPを通じたインテリジェントオーケストレーションによる効率的かつスケーラブルな仕組みが紹介されました。
コンテンツライフサイクル管理と組織連携
多様化するチャネルやニーズに対応し、質の高いコンテンツを提供するには、企画〜配信〜分析を統合的に管理する「コンテンツライフサイクル」の考え方が重要です。また、そのためには組織横断的な連携が欠かせず、部門を越えて協力できる体制づくりが推奨されました。
大切なのは、顧客の視点に立って「どんな体験をしてほしいか」「どんな価値を届けたいか」を考え、それをチーム全体で形にできる仕組みを持つこと。そして、その仕組みを作るにはデータの統合とAIの活用、そしてそのAIの透明性と信頼性が必要不可欠です。
リアルタイムでパーソナライズされたコンテンツを届けるためにも、部門をまたいで連携しながら、スムーズに取り組める体制を整えていくことが、これからのマーケティングではより一層求められていくと感じました。
新機能:Adobe Experience Platform Agent Orchestrator
先に述べた「顧客体験オーケストレーション」を実現するための技術として今回新たに発表されたのが「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator」です。
これはAdobe Experience Platform(AEP)上に構築された、生成AIを実務に活かすための新しい仕組みで、複数のAIエージェントを組み合わせて使えるようにし、企業がより自然に、そして安全にパーソナライズされた顧客体験を提供できることを目指しています。

実務で使えるAIエージェントを標準化
本イベント時点では、マーケターやCX担当者の実務を支援する10種の「目的別エージェント」の紹介がありました。どれも、日々の業務における具体的な課題に対するAIエージェントで、今後も追加予定であると発表されています。
<エージェント例>
・サイト最適化エージェント
ページ速度やエンゲージメントなど、Webページの改善ポイントを提案
・オーディエンスエージェント
大量のオーディエンス管理やセグメンテーションを効率化
複数エージェントの連携と意思決定の自動化
Agent Orchestratorにおいて最も特徴的かつ魅力的なのは、エージェントは個別に動くだけでなくそれぞれが連動するという点です。
目的に応じてエージェント同士が協力し、処理速度や精度のバランスを取りながら動作します。これらの連動や意思決定には、推論エンジンが使われており、状況に応じてリアルタイムに最適な判断を下すことで、一連の業務の自動化を実現します。
さらに注目すべきは、Agent Orchestrator内に搭載されている顧客体験モデルと呼ばれる独自のファインチューニング済み言語モデルの存在です。このsLLMは、企業ごとのデータガバナンスやプライバシー要件に準拠しつつ、意図の正確な理解・ハルシネーションの回避・説明可能な推論を行えるように制御されているという説明がありました。
このようなAIエージェントの連携や自動化ツールの導入時にハードルとなりやすいガバナンス・セキュリティの管理ですが、ここがクリアになることで、顧客体験オーケストレーションの実現が現実的に進んでいくのではないかと感じました。
他社製品との連携も可能な相互運用性を重視した設計
Agent Orchestratorは、他社のAIエージェントやオーケストレーションシステムとの連携を前提に設計されています。今後は主要なクラウドプラットフォームやSIer、ソフトウェア企業との協業を進め、企業が抱える複雑なエコシステムの中でも、シームレスに運用ができる環境の実現を目指していくという発表がありました。
以上が今回発表されたAgent Orchestratorの全体像の説明です。細かなAdobe製品別の機能アップデート情報については今後の連載の中でご紹介していくのでお楽しみに。
BtoB 3.0時代の到来
顧客体験オーケストレーションが実現される中で、BtoBマーケティングはどう変わっていくのでしょうか。
本イベントではBtoBマーケティングは「BtoB 3.0」時代に突入すると言及されました。「BtoB 3.0」とはAIと単一統合データを活用し、顧客体験をライフサイクル全体で最適化させることに焦点を当てた未来のあり方です。
現在は顧客が営業に頼らずWeb上で自ら情報収集する時代(=BtoB 2.0)であり、企業はその顧客の動きから得られたデータの分析と活用によって情報発信をしています。しかし、企業側の戦略により多くの情報が発信されているこの世の中で、顧客は「自分にとって本当に価値のある体験・情報」しか受け入れない時代に突入しているのです。
こうした背景から、BtoB 3.0では企業単位・セグメント単位ではない顧客体験のパーソナライズとそのリアルタイム性がこれまで以上に重要となってくると語られていました。
(対象のSessionの動画はこちらからご視聴いただけます。)

BtoB 3.0に向けて企業がすべきこと
BtoBマーケティングの次のフェーズであるBtoB 3.0では、顧客中心の視点をより深く取り入れたアプローチへの転換が求められていると語られました。
これまでの各セグメントに対する一律的なコミュニケーションから脱却し、顧客一人ひとりのニーズや文脈を理解したうえで、パーソナライズされた体験を提供することが基本となります。そしてすべてのタッチポイントにおいて、顧客にとって最適な情報や価値を届ける姿勢が重要です。
ここではそのような理想像であるBtoB 3.0に向けて企業が行っていくべき指針を解説します。
データの統合とデータドリブンなマーケティング基盤の構築
BtoB 3.0の基盤として、データドリブンなマーケティングの高度化は不可欠です。AIなどのテクノロジーを活用するために、まず質の高い顧客データを収集すること、そしてそれらをチャネル問わず統合し、単一顧客プロファイルを作り上げ、それらのデータを元に企画実施に繋げられる体制を整える必要があります。
これらの実現により、あらゆる施策におけるROIの改善に繋がり、限られたリソースの中でも最大限の成果を生み出すことが可能となっていくのです。
購買グループの組成と分析
BtoB 3.0において購買グループという単位でのマーケティングの実施も重要です。プロダクトに対する意思決定に複数人が関与することが一般的なBtoBにおいては、購買グループの構成を理解し、それぞれの立場・権限や関心に応じた情報提供が求められます。
これまでのリード単位の施策から購買グループを見据えた分析と企画を行っていくためにも、先に述べた単一顧客プロファイルを作るためのデータの統合とデータ構造の整備が必要となってきます。
柔軟なコンテンツサプライチェーンの構築
顧客体験オーケストレーションの紹介でもあったとおり、柔軟なコンテンツサプライチェーンの構築も必要です。クリエイティブの再利用性の高めるためにコンテンツをモジュール化していく取り組みや、AIを活用した多様なコンテンツフォーマットへの対応を進めていくことで、柔軟なコンテンツ制作体制を整えることができます。
これらを実現することで、限られたリソースでもパーソナライズされたコンテンツをリアルタイムに配信できるようになり、同時により多くのデータを収集・活用できる、効率的な仕組みづくりが可能となります。
組織文化の改革と人材育成
新しいテクノロジーや手法を受け入れ、活用していくためには、社内の意識改革とあわせて、データリテラシーやAI活用に長けた人材の育成・採用を進める必要があります。社内横断的なマーケティング体制の構築には、部門を超えたコミュニケーションと目指すべき目標への理解が欠かせません。
部門間のコミュニケーションをシームレスに行っていくためにも、先頭に立つチームリーダーが自分たちが築いていきたい理想や目的、目標を具体的に書き起こし、今ある課題を一つずつ明確にしていくことが重要です。
まとめ
今回のAdobe Summit 2025では、「顧客体験オーケストレーション」という考え方、そして「Adobe Experience Platform Agent Orchestrator」の発表を通じて、これまで“理想”とされていたマーケティングの在り方が、いよいよ現実になりつつあることを実感しました。
私たちの業務でもAIの活用は少しずつ進んでいますが、マーケターの作業がますます軽減され、最終的な意思決定だけに集中できる未来は、もはや遠い話ではありません。
一方で、分析やクリエイティブの多くが自動化されるからこそ、「自社のブランドをどう表現し、どう伝えていくか」といった、本質的な問いに向き合う力がより求められてくるように感じます。つまり、広報とマーケティングが一体となってアプローチしていく必要があるということです。
マーケティングに携わる私たちにとって大切なのは、自分たちが実現したい未来を言語化し、そのビジョンに向けてAIをどう活かしていくかを考えること。市場を読む力や利益を最大化する力に加えて、どれだけ自分たちのプロダクトやブランドに対して深くコミットできるかが、今後ますます重要となってくるのではないでしょうか。
そのためにも、まず企業としての課題をきちんと言語化し、整理することが不可欠です。そしてそれを乗り越えるための手段として、お客さまに少しでも価値を提供できるよう、私たち自身のナレッジやスキルもアップデートし続けていく必要があると改めて感じました。
次回は、顧客体験オーケストレーションを目指す上で避けては通れない「データ連携・データ統合」について深堀ってご紹介する予定です。Adobe Summitで紹介されていた事例や、シームレスなコンテンツ配信を支えるデータアーキテクチャの考え方なども交えてまとめていきますので、ぜひご覧ください。