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アメリカのラスベガスで2025年3月18日(火)〜20日(水)の3日間にわたり開催された「Adobe Summit 2025」。本連載では、現地に参加したUWメンバーが得た最新情報や今後のマーケティングトレンドなどについてをお届けします。
 
第2回となる今回は、Adobe Summit 2025で発表された「顧客体験オーケストレーション」を実現していくために必要な「データ連携」と「データ統合」に焦点を当て、実際のサミットで紹介された事例を交えながら解説します。
 

あわせて読みたい! Adobe Summit 2025参加レポート #1┃顧客体験オーケストレーションが実現するマーケティングの未来とは

データ統合と統合顧客プロファイルの重要性

「顧客体験のオーケストレーション」を実現するためには、まず顧客データを一カ所に集約することが必要です。しかし、多くの企業では顧客データがサイロ化(縦割り)され、各部門や各チャネルごとに独立してしまっていることが多く、顧客データが活用しきれていないのが現状です。
 
今回のイベントで繰り返し強調されていたのが、この「データサイロ」問題の解消です。データ量をいくら増やしても、それらが個別に存在していては効果的な活用は難しいです。マーケティング部門のMAツールデータ、営業部門のCRM情報、カスタマーサクセス部門のサポート履歴などを統合することで初めて、顧客の全体像が把握できるようになります。
 
前回の記事でも言及しましたが、パーソナライズされた顧客体験を提供するための基盤として、「Unified Customer Profile(統合顧客プロファイル)」の構築が必要です。これは、オンライン・オフラインを問わず企業と顧客のあらゆるタッチポイントで得られる属性情報や行動履歴を1データに集約し、リアルタイムに更新されるものを指します。(本イベントではUnified Customer Profileという言葉もさまざまなセッションの中で繰り返し話されていました。)
 
リアルタイムに更新される統合顧客プロファイルを持つことで、ここぞというタイミング・内容でコンテンツの配信ができるというだけでなく、重複したイベントのお知らせや一貫性のないメッセージ発信などの顧客のエンゲージメントを下げるようなミスを防ぐことも可能となります。
 

コラム:データ統合の種類と方法

Adobe社が提供する分析ツールセットAdobe Customer Journey Analyticsでは、IDを統合する手法として「フィールドベース」と「グラフベース」という2段階のアプローチが用意されています。
 
フィールドベースは、同一データセット内の列(例:デバイスIDと顧客ID)を照合して、キーとなるユニークIDを生成する手法です。
 
一方、グラフベースはより高度な手法で、複数ソースのID関係をもとに、後から追加されるデータ間の関連性をたどりながらデータやIDを補完していきます。例えば、コールセンターでの電話番号、WebサイトのCookie、アプリの会員IDといった異なる識別子が連携されていても、同一人物のデータとして統合することが可能です。
 
まずはフィールドベースで大まかにデータを一致させ、グラフベースでさまざまなソースを結びつけていくことで、統合顧客プロファイルに則ったパーソナライズされたコンテンツを配信できるように構成されています。

世界的企業の統合データアーキテクチャ事例

さて、上記をまとめると統合顧客プロファイルの作成を支えるためのデータアーキテクチャには、「統合」「リアルタイム更新」「活用」の3つのポイントを押さえることが大切であることが分かりました。
 
ここでは実際に世界的に有名な企業がどのようにデータの統合を行っているのかを、本イベントで紹介のあった内容をまとめてご紹介します。
 

事例①:AWS Marketing

出典:Adobe Summit 2025「ABM and Buying Group Orchestration with Journey Optimizer B2B Edition at AWS – S206」(27:03)、https://business.adobe.com/summit/2025/sessions/abm-and-buying-group-orchestration-s206.html

 
世界的クラウドサービスを展開しているAWSでは、Adobe Experience Platformを中心にReal‑Time CDP、Marketo Engage、Journey Optimizer B2B Editionを自社クラウド内に統合したアーキテクチャが紹介されました。
 
Web SDKから生成される行動データをリアルタイムでAmazon S3に取り込み、正規化してAEPに反映させる流れを採用しています。そこで作成されたプロファイルデータをAIが分析し、セグメントや最適なコンテンツを自動決定して配信します。さらにその効果を可視化し、予測モデルに学習させた後、CDPに書き戻すという、理想的なサイクルを実現しています。
 
複数のデータをリアルタイムに一カ所に集約し、AIを活用することで、高速かつ自動的なPDCAサイクルを確立しています。そしてその結果として、新規顧客のCVRが15%向上し、インテントシグナルの検出は2倍に増加したという報告がありました。
 
該当のセッションはこちらから閲覧できます:
https://business.adobe.com/summit/2025/sessions/abm-and-buying-group-orchestration-s206.html
 

事例②:H&R Block

出典:Adobe Summit 2025「A Tax Transformation: How H&R Block and Adobe MarTech Improved Engagement – S738」、https://static.rainfocus.com/adobe/as25/sess/1726853839017001MJRV/finalpresentation/HRB%20-%20Summit%202025%20Presentation_1742492168923001eVKN.pdf

 
税務管理ツールを提供するH&R Blockでは、社内のSQL群と、店舗のPOSデータやWebのリアルタイムデータを「MARTECH Data」として一元化し、SalesforceのCRMデータと連携してAdobe CDPに統合しています。
 
CDP上で統合されたプロファイルをもとに、Journey Optimizerで通知やメールなどを自動配信し、Customer Journey Analyticsでその通知による効果を可視化、そしてログをフィードバックさせることで、効果検証や予測モデルへの学習を高速化させています。そして、コンテンツ配信から取得した顧客の行動データをSalesforceへも連携することで、オンライン・オフライン問わず、次に取るべき顧客へのアクションが見えるようになっています。これら一連の仕組みにより、営業部門・CS部門とのコミュニケーションもシームレスに実現されているようです。
 
実店舗を持つ企業ではなかなか難しいデジタル施策データとの連携ですが、これらを実現することで、予約キャンセル率は6%、当日無断来店率は7%低下し、税申告完了率が大幅に改善したという報告がありました。
 
該当のセッションはこちらから閲覧できます:
https://business.adobe.com/summit/2025/sessions/a-tax-transformation-how-hr-block-and-adobe-s738.html
 

事例③:General Morters

出典:Adobe Summit 2025「You’re in the Driver’s Seat: AI in Real-Time CDP, with General Motors – S503」(37:37)、https://business.adobe.com/summit/2025/sessions/power-of-ai-in-adobe-realtime-cdp-s503.html

 
自動車業界大手のGeneral Motorsでは、IT・データサイエンス・マーケティングの各部門が役割分担しながらも、一貫性のあるデータ基盤とコンテンツサプライチェーンが構築されています。

自動車特有の車両データや修理履歴、サブスクリプション、営業履歴、コールセンター、キャンペーン、パートナー/メディアデータなど、取得できるデータのほとんどを集約し、Azure Databricks上でデータのクレンジングと、IDの統合を行っています。次に SynapseMLとDatabricksを用いて顧客のスコアリングや機械学習モデルの検証を実施。そこで作成された顧客データとモデルスコアがAEPに連携され、マーケティングチームがリアルタイムでセグメントを作成し、パーソナライズされたコンテンツを自社で持っている各チャネルへ配信することで新たにデータを取得・データとしてフィードバックされているようです。
 
IT・データサイエンス・マーケティングの各領域のデータを統合し、相互にフィードバックを行うことで、マーケティングだけでなく製品開発においても質の高いデータ活用が実現され、企業全体でのPDCAサイクルが機能する体制が整備されています。(セッション内ではタイヤをモチーフとしてこの循環が説明されていました。)
 
該当のセッションはこちらから閲覧できます:
https://business.adobe.com/summit/2025/sessions/power-of-ai-in-adobe-realtime-cdp-s503.html

統合データ環境の構築における課題

有名企業のデータアーキテクチャやコンテンツサプライチェーンをご紹介しましたが、このような理想の体制を目指すためにはたくさんの課題があります。
 
その中でも、統合データ環境づくりの前に直面しやすい課題ポイントを紹介します。
 

データのサイロ化・断片化

一番の根本課題は全社で横断的にデータが共有されていない状況がある、ということです。このようなデータのサイロ化により、統合された顧客プロファイルの作成だけでなく、そもそも顧客に対して企業全体でどのようなアクションを取っているのかの把握すらできていないことが多くあります。そのため、まずは全社的にどのようなデータを収集しているのかを洗い出し、メタデータの管理を見据えたデータの整理を始める必要があります。整理をしていく中で、ツールを導入することで解決できるのか、データ自体のクレンジングがどこまで必要なのかなど、ボトルネックとなっているポイントを洗い出していくのが、データ統合における第一歩です。
 

組織のサイロ化と人の意識

データ統合においてシステム的な課題感も多い中、実際にハードルとなりやすいのはヒト同士の問題であるケースも少なくありません。組織構造上の壁や担当者レベルの姿勢の違いにより、データ共有や新しいツールの導入がスムーズに進まないなどもよく起こります。こうした課題を乗り越えるためにも、プロジェクト自体の必要性を関係者全員に理解・納得してもらい、共通の目標やKPIを設定することが重要です。
 

レガシーシステムによる技術的負債

従来の基幹システムや部門ごとに個別開発されたツールが使用されているなど、企業内に様々な個別ソリューションが混在している状況も多いのではないでしょうか。このような環境では、一括で新しい統合基盤への移行というのが技術的に難しく、なかなかプロジェクト遂行ができないケースが多いです。一方で最新システムやデータ基盤に置き換えることも簡単ではないため、長期的な目線で考え、どこからスモールスタートを切っていくかを柔軟に判断していくことが重要となってきます。
 

プライバシーとガバナンス

顧客データを統合して活用する際には、プライバシー保護やセキュリティ確保への懸念が常に付きまといます。統合データ基盤には、厳格なアクセス制御やデータ匿名化などのプライバシー対策と、しっかりとしたガバナンス体制を組み込む必要があります。導入するツールに対してもセキュリティ面で問題がないかどうか、地域などの法令と照らし合わせながら評価を行い、検討していくことが大切です。

統合データ基盤を実現するための考え方とステップ

では、先述したような課題を乗り越え、統合顧客プロファイルを作成していくためのデータ基盤や環境を構築していくにはどのように進めれば良いのでしょうか。
 
ここでは本イベントでのセッションや各社の事例から見えてきた、統合データ基盤の実現に大切な考え方とステップを整理して解説します。
 

1. データ戦略とビジョンの明確化

まず経営レベルで「データを統合する」という明確なビジョンを打ち立てることが重要です。データを単なるIT管理対象ではなく戦略的資産として位置づけ、全社的な目標(例:顧客LTVの最大化やCX指標向上など)と結びつけて定義します。経営層のコミットメントがあること、そして全社戦略として打ち出すことで、組織間で協力しやすい体制が整い、スムーズにプロジェクトを推進していくことができます。
 
また、この段階から全社的なメタデータの管理も並行して行っていくことが大切です。データのデータ(=メタデータ)を一元管理する体制も整えていくことで、非構造化データ(映像や音声、テキストデータなど)の管理や後述するデータ統合後のセキュリティ管理にも目を向けることができます。
 

2. 部門間をまたいだプロジェクト体制

部門を横断するプロジェクトチームを設置し、サイロ化の解消へアプローチをすることが初めの第一歩です。マーケティング、IT、営業、カスタマーサポートなど関係部門が協働し、共通のKPIを持って推進できる体制づくりを行います。各部門の担当者がそれぞれのチームメンバーにプロジェクトの必要性を伝えていくことで、プロジェクトへの抵抗感を減らし、全メンバーの当事者意識を醸成することが大切です。
 

3. スモールスタートと成功事例の創出

いきなり全データを統合しようとせず、まずは影響の大きい領域や部門から小さく始めるのが定石です。その結果で得られた成功事例を少しずつ積み上げてデータ統合の有用性を社内に発信していくことで、プロジェクトへの予算規模の拡大や協力体制を広げていくような動きが取りやすくなります。
 
GM社の例でも、コンテンツサプライチェーン化プロジェクトの最初に行った取り組みで、パフォーマンスが10倍に向上し、その成果が社内の信頼感の醸成とプロジェクト推進力につながったという報告がありました。
 

4. 適切な統合基盤の選定と段階的な実装

1で述べた経営ビジョンに沿って、必要なデータ基盤(CDP、データレイク、ETLパイプライン、分析ツールなど)を選定していきます。一度にすべてを構築するのではなく、優先度の高い機能から段階的に実装していくアプローチが効果的です。
 
ただしこの場合、ツール毎の最適解を出していくだけではなく、既存システムとの連携やデータ移行計画もあわせて慎重に選定する必要があります。特に、長期的な目線を持ち、柔軟性・拡張性があるかどうかを意識することが重要です。
 

5. データガバナンスと継続的な改善体制

データの統合後もデータ品質を保つことや、プライバシー規制の変化に対応していくこと、システムのパフォーマンスを最適化していくなど、継続的な改善体制を整えることも必要です。データ基盤の構想段階から、データの正確性や一貫性をモニタリングする仕組みを見据え、定期的にデータクレンジングやスキーマの見直しを実施できるようにしておくと安心です。
 
また、新たなチャネル追加やAI活用など拡張ニーズにも対応できるよう、常にアーキテクチャの見直しや更新も大切です。特に、AIを活用する際にはセキュリティ・倫理的なリスクが無いようデータの使い方や方針(Responsible AI)を確認することを意識しましょう。

まとめ

データの統合と統合顧客プロファイルの構築は、より効率的な顧客体験を実現していくためのマーケティングの土台としてどんどんと必要性が高まってきています。フロントのコンテンツ制作やコンテンツ配信のためのツール導入に目が向けられやすいですが、顧客データ基盤がなければマーケティングの効果最大化には繋がりません。
 
AIエージェントの進化により各社から提供されるサービスはどんどんと便利になっていますが、データ基盤の再構築やツール導入には企業全体での共通意識の共有が一番のハードルになりがちです。そのためにも、マーケ担当者からの発信でなく経営サイドからトップダウン的に全社を巻き込んでプロジェクト化していき、全社の現状を調査の上、ボトルネックとなるポイントを洗い出すところから始める必要があります。
 
また、データ統合や連携の高速化・自動化を目指すにあたってAIの活用は必須です。そのため、利用するAIエージェントのセキュリティや信頼性などにも注目していく必要があります。データ学習やアウトプットへの利用方法、データの提供先などのセキュリティ面や、コンテンツ生成における倫理観、著作権保護など、信頼性を見極めた上での導入が重要です。
 
次回は、「責任あるAI(Responsible AI)」をテーマに、統合データ基盤の上でAIをどのように活用しガバナンスしていくかを、Adobe社提供のAIに関する方針や企業の具体的な事例をもとにご紹介します。ぜひご覧ください。
 

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