近年、企画書のドラフト作成からマーケティング資料の生成まで、生成AIが業務効率化の強力なツールとして注目され、導入企業が急増しています。その進化のスピードには目を見張るものがありますが、企業の法務・ガバナンス担当者として、あるいは、デジタルマーケティングやコンテンツ制作に関わる担当者として、絶対に避けて通れない大きな課題があります。それが、「著作権侵害リスク」です。
企業活動において生成AIを安全かつ効果的に活用するためには、日本の著作権法における現在の議論を理解し、適切な対策を講じることが不可欠です。 本稿では、生成AIの活用に伴う著作権侵害リスクを概観し、特に企業のAI利用者が知っておくべき実務上の注意点と、その具体的な対策について、わかりやすく解説します。
※本稿は、現時点での法的な議論や文化庁等の見解に基づき、情報提供を目的として作成されたものです。個別の事案に関する具体的な法的なご判断や助言については、必ず弁護士法人または弁護士事務所にご確認ください。
著作権侵害はもはや「リスク」ではなく「現実」に
生成AIの登場以降、その活用範囲が広がるにつれて、コンテンツの著作権をめぐるトラブルも顕在化し始めています。
2024年(令和6年)5月には、「生成AIを使った検索サービスで記事を無断利用された」として、国内の大手新聞社が米国の新興企業に対し、記事の利用差し止めと損害賠償を求める訴訟を東京地裁に提起しています。[^1]
この事例は、生成AIのサービスが、無許諾で学習データを利用したり、利用規約に反して利用したりすることで、既存の著作物市場と衝突する現実的なリスクを示しています。 [^1]: 2024年5月26日付のニュースを参照。
また、海外では、画像生成AIの学習データに関する大規模な訴訟が発生しています。世界的なストックフォト企業のゲッティ・イメージズは、画像生成AI「Stable Diffusion」の開発元であるStability AIに対し、自社の画像を無許諾でAIの訓練に利用したこと、および、AIの出力結果にゲッティ・イメージズの透かし(ウォーターマーク)が残る場合があることを理由に、著作権侵害等を主張し提訴しました。 この事例では、2025年11月に下された英国高等法院の判決では、以下の点が示されました。
・著作権侵害の主張は棄却: Stable Diffusionのモデル訓練や出力が、英国法上の主要な著作権侵害に当たるとの主張は棄却されました。
・商標権侵害は一部認定: 一方で、AIが生成した画像に、ゲッティ・イメージズのウォーターマーク(商標)が残存することに関しては、商標権侵害が一部で認められました。
この判決は、AI学習における「訓練と著作権」の境界線に関する法的な不確実性を示唆するとともに、たとえ学習が適法と判断されても、出力結果に含まれる商標等については、別途法的な責任が問われる可能性があるという、新たな注意点を提起しています。 [^2]: 2025年11月5日付のニュースを参照。
このような事例は、著作権侵害が単なる懸念事項ではなく、現実に企業が直面しうる法的な課題であることを示しています。特に、企業が生成AIを利用して作成したコンテンツを外部に公開する場合、著作権侵害が認められれば、損害賠償やブランドイメージの毀損など、計り知れない影響を及ぼす可能性があります。
そのため、生成AIを安全に利用するためには、現行の著作権法がAIにどのように適用されるのか、その基本的なルールを理解しておく必要があります。
国内の生成AIと著作権の「鍵」となる著作権法第30条の4について
国内における生成AIに関する著作権議論を理解する上で、まず知っておきたいのが、著作権法第30条の4です。
著作権法第30条の4とは
この条文は、AI技術の発展・促進に対応するために、2018年(平成30年)に新設されました。 平たく言えば、著作物に表現された「思想や感情を享受する(見て・読んで楽しむ)ことを目的としない」利用であれば、原則として著作権者の許諾なく利用できる、という「権利制限規定」の一つです。生成AIの「開発・学習段階」では、大量の著作物を機械学習のデータとして複製・利用しますが、この行為は、AIが「コンテンツを鑑賞して楽しむ」ことが目的ではなく、「情報を解析すること」が主たる目的なので、基本的に第30条の4が適用されると考えられています。しかし、この条文には「ただし書き」があり、非享受目的の利用であっても、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」には、著作権侵害となる例外が定められています。
たとえば、情報解析用に販売されているデータベースを、無許諾で情報解析目的で複製するようなケースは、著作者が本来得られたはずのライセンス料の市場と衝突するため、「著作権者の利益を不当に害する」として、第30条の4は適用されず、原則どおり許諾が必要とされています。 この第30条の4の解釈は、AI事業者だけでなく、企業がAIサービスを選定・利用する際のガバナンスにおいても、極めて重要になります。
【実務で必須】AI利用者が採るべきリスク低減対策
企業の広報・デジタルマーケティング担当者が、生成AIを安全に業務に活用するために、特に意識すべきは「生成・利用段階」における著作権侵害のリスクとその対策です。
生成AIの利用者が著作権侵害となるかどうかは、従来の著作権法と同様に、AI生成物が既存の著作物と①類似していること、および既存の著作物に②依拠していること、の2つの要件で判断されます。 このうち、「②依拠性」が問題となりやすく、AIの学習データに既存の著作物が含まれていた場合、利用者がその著作物を知らなくても、依拠性が推認され、著作権侵害になりうるとされています。 ここでは、文化庁が公表している「AIと著作権に関するチェックリスト&ガイダンス」に基づき、実務で採りうる具体的なリスク低減方策をAI利用者の視点からピックアップして解説します。
AIシステム利用者のリスク低減対策(企業利用者に特化)
企業で生成AIを利用する担当者が、まず講じるべき対策は以下の通りです。
1. 内部ルールの策定と従業員教育の徹底
・社内ルール策定: 生成AIの利用に関する内部的ルール(ガイドライン)を策定し、著作権侵害に対する適切な予防措置を講じましょう。
・著作権理解の確認: 従業員等に対して、著作権制度の基本的な理解を確認・教育し、不適切な利用(例:著作権侵害となるようなプロンプト入力)が生じないようにします。
2. 利用サービスの事前確認
・提供者情報の確認: 利用に先立って、AI開発者やAI提供者が公開している学習済みモデルに関する情報や、利用規約を必ず確認し、これに従って利用します。
・利用規約の遵守: 著作権侵害となるような利用を抑制するための利用規約上の制限(例:特定の著作物やその題号を入力することの制限など)がないかを確認します。
3. プロンプト入力時の留意事項
・既存著作物の安易な入力の確認: 既存の著作物(画像など)をプロンプトとして入力する場合、それが「非享受目的」(情報解析など)の要件を満たすか確認します。「入力した既存の著作物と類似する生成物を生成させる」といった目的で入力を行う場合は、享受目的が併存していると判断され、第30条の4が適用されない場合があるため、注意が必要です。
4. 生成物の「類似性」チェック
・利用前の確認徹底: 生成物を公開・利用する前に、既存の著作物と類似した生成物となっていないか、必ず確認するステップを設けます。類似性が高いと判断される場合は、利用を控えるか、大幅に修正すべきです。
5. 生成過程の記録(依拠性対策)
・プロンプト等の保存: 生成物に依拠性がないことを第三者に説明できるよう、生成に用いたプロンプトや、その他の生成過程を示す情報を可能な範囲で記録・保存し、確認可能な状態を確保しておきましょう。AI利用者が既存の著作物への依拠性を否定するための重要な証拠になり得ます。
まとめ:第30条の4の解釈と専門家への相談を軸に
生成AIの業務活用を進める企業が知っておくべき著作権侵害リスクは、AIの開発・学習段階と生成・利用段階の二つに分けて考える必要があります。
主な論点企業の取るべき対応
1.(利用段階)開発・学習段階:著作権法第30条の4の適用有無(非享受目的か、著作権者の利益を不当に害さないか)AI提供者から学習データやモデルに関する適切な情報を入手・確認
2.生成・利用段階:著作権侵害の要件(類似性と依拠性)の充足有無内部ルール策定、生成物の類似性チェック、プロンプトの記録、既存著作物の安易な利用回避
生成AIを安全に活用するためには、根幹となる「著作権法第30条の4」の解釈が重要であることを理解し、特に「著作権者の利益を不当に害する」利用となっていないかを常に意識する必要があります。 最後に改めて強調しますが、生成AIを取り巻く著作権法の議論は現在も進化しており、解釈や運用が今後変わる可能性もあります。
再度のご注意
本稿は、現時点での法的な議論や文化庁等の見解に基づき、情報提供を目的として作成されたものです。個別の生成AIの利用、およびそれによって生成されたコンテンツが著作権侵害に該当するか否かといった、具体的な法的な判断やリスク評価については、必ず弁護士法人または弁護士事務所へのご相談を通じて確認してください。
生成AIという強力なツールを、法律を遵守し、企業のリスクを最小限に抑えながら最大限に活用するために、社内での体制整備と専門家への確認を怠らないようにしましょう。