障害者差別解消法の改正を機に、事業者が障害のある方に対して提供すべき「合理的配慮」が注目されています。デジタルマーケティングの観点でいうと、企業の「ウェブアクセシビリティ(Webアクセシビリティ)」への対応は見逃せません。今改めて、企業がウェブアクセシビリティについて確認、見直すべきこととは一体何でしょうか。今回は、障害者差別解消法改正を機に始める、持続性のあるアクセシビリティ対策について解説します。
(解説:アンダーワークス代表取締役社長 田島学、書き手:宿木雪樹)
ウェブアクセシビリティをユニバーサル対応の視点から再考する
2021年5月に改正された障害者差別解消法では、事業者が障害のある人に対して合理的配慮を提供することを求めています。合理的配慮とは、障害の有無に関わらず、等しく人々がサービスや商品にアクセスできるなんらかの施策を指しており、事業者は負担が重すぎない範囲でこれに対応することが義務づけられます。したがって、ウェブサイトやアプリなどを運用する全事業者は、オンラインの営みでもこの合理的配慮の提供を行わなければなりません。
ウェブサイトでの合理的配慮の提供というテーマは、今回の法改正以前から十分語られてきた内容でもあります。ウェブサイトの規格標準化を目指す団体W3C(World Wide Web Consortium)では、かねてより障害をもつユーザーもアクセス可能なコンテンツを作るべきだと提言されてきました。また、1999年には、ウェブコンテンツがアクセシビリティを担保するための推薦事項を網羅したWCAG(Web Content Accessibility Guidelines)と呼ばれるガイドラインを制定しています。
2004年に、日本国内でもJIS規格におけるウェブアクセシビリティに対するガイドラインが制定され、日本語特有の課題にも触れた国内向けの基準が誕生しました。これがきっかけとなり、国内の多くの企業がウェブサイトのアクセシビリティ対応を進めました。
それから現在に至るまで、ウェブアクセシビリティ対応は、ウェブサイトやアプリを通じた情報発信を行うすべての事業者にとって、対応すべき当たり前のルールとして捉えられてきました。一方で、当たり前のことだからこそ、日ごろからアクセシビリティ対応を意識することは少ないかもしれません。アクセシビリティ対応について明確なガイドラインが存在しない企業や、2004年頃にJIS規格と照らし合わせてウェブリニューアルを実施して以来、内容を見直していない企業も多いのではないでしょうか。
ウェブはあらゆる人に等しく開放されたコミュニケーションの場
こうした背景から、今回の障害者差別解消法改正は、事業者がウェブアクセシビリティについて再認識する契機と捉えることができます。これを機にウェブアクセシビリティを企業のユニバーサル対応の一環として再定義すべきではないでしょうか。
ウェブはあらゆる人に等しく開放されたコミュニケーションの場であり、社会の一部です。オフラインの店舗では車椅子でも店内に入れる導線を確保するように、ウェブサイトやアプリでもあらゆる障害をもつ方が困らないようにすることは、法改正に関わらず企業責任の一端と言えるでしょう。
ただし、ウェブアクセシビリティの徹底の度合いについては、JIS規格やWCAGといった基準をもとに各社で判断する必要があります。この判断基準は事業やサービスの特性をもとに作り、店舗運営やオフィス環境の整備、商品開発の方針などを包括したガイドラインとして体系化するのが理想です。ウェブサイトやアプリ改善にとどまった単発的な施策にすると、企業のユニバーサル対応としての整合性が取れなくなってしまう可能性があるためです。
では、具体的にどのようにガイドライン化を進めると良いのでしょうか。
どこまでやる?ウェブアクセシビリティ対応の具体な進め方
ガイドラインを作成する際には、基準とする項目は先述したJIS規格(JIS X 8341-3:2016)を参照します。JIS規格では項目それぞれにA、AA、AAAの3段階にランクが付与されています。まずはAをクリアできているのか再確認しつつ、AAやAAAの項目にどこまで対応するか改めて検討しましょう。
>>参考: Webアクセシビリティとは?基本を理解するための5つの質問【前編】 【後編】
項目を精査してみると、自社の事業の特性やウェブサイトで展開しているコンテンツを鑑みて「これはやらなくていい」と判断できるものもあるはずです。なお、ガイドライン作成は知見のあるデジタルマーケティング領域のプロフェッショナルと連携しながら進めるのもひとつの手段です。
ガイドラインを作成したら、それもとにウェブサイトやアプリの現状をチェックします。このチェックは継続的かつ網羅的に行う必要があるので、効率的に漏れなくチェックできる体制を整えなければなりません。
そこで、アクセシビリティのチェックには専用のツールを活用することをおすすめします。アクセシビリティ対応には、表面上のデザインだけではなくコード面での配慮も必要なので、人の目でチェックするには限界があり非効率的とも言えるでしょう。
アクセシビリティのチェックには、「Siteimprove」や「Crownpeak」といったツールを導入するほか、CMSを利用している場合はプラグインを使うことも可能です。今後CMS移行の機会がある場合には、こうしたウェブアクセシビリティチェックのプラグインやツールが充実したCMSを検討してみるのも良いかもしれません。
>> Web担当者のかゆいところに手が届く「Siteimprove」とは?
アクセシビリティ対応は企業責任と捉えよう
先ほど解説した対応は、もちろん企業がもつすべてのウェブサイトで進めなければなりません。まずはコーポレートサイトから対応を始めるケースをよく目にしますが、自社が運用するECサイトやランディングページなどがあるならば、それらすべてをガイドラインに則って運用すべきです。
しかし、残念ながら売上を上げることを目的として作られたページやアプリでは、売上に直結しないという理由からウェブアクセシビリティの対応をおろそかにするケースも珍しくありません。「障害をもつ人をターゲットにした商品ではないから」という意見もあるでしょうが、それこそ合理的配慮に欠けた考えと言えるでしょう。
こうした現場の価値基準に関わる課題を解決するためには、ウェブアクセシビリティ対応は企業責任であるという認識を組織全体で共有するとともに、経営者や上位層のメンバー自らが率先して啓発していく意識が必要です。
ある種のトップダウン的な啓発を企業全体で推し進めるためには、前提として経営者や上位層のメンバーがウェブアクセシビリティの重要性を理解していなければなりません。障害者差別解消法の改正は、理解を深めるきっかけという観点でも効果を期待できます。もしもウェブアクセシビリティに対する意識が薄い企業で改革を進めたい場合は、法的な観点から対策の必要性を説得することで、経営者の重い腰を動かせるかもしれません。
デジタルマーケティングの視点で考えるアクセシビリティ
デジタルマーケティング領域のトレンドを並べてみると、One to Oneコミュニケーションやパーソナライゼーションを始めとした個別化の流れが強まっています。特定のターゲットに合わせた施策を打つことは、多くのマーケターが意識していることでしょう。
しかし、それはターゲット以外の誰かがアクセスできない、アクセスしづらい情報を発信することを是にする理由にはなりません。
ターゲットをどう選ぶのかは企業の戦略ですが、情報にはすべての人が当たり前にアクセスできるようなウェブアクセシビリティへの対応が必要であり、その基盤を整えたうえで市場活動を行うことが、企業として当然負う責任であるはずです。障害者差別解消法改正を機に、自社のウェブアクセシビリティ対応について見直し、全ての企業活動において参照できるガイドラインの作成を進めていくべきではないでしょうか。