BtoBのデジタルマーケティング業界で期待が高まっている「ABM(アカウントベースドマーケティング)」の実践を考える本連載。前回の記事では、ABMとは、ターゲットとなる「企業(アカウント)」を明確に定義し、優先ターゲットにのみ焦点を絞り、徹底的な顧客理解に基づくパーソナライズされた体験を提供することで、自社の売上においてインパクトの大きい企業(アカウント)を攻略していく戦略コンセプトであると解説しました。
ABMは「企業(アカウント)を攻略していく」という点で、一見BtoB企業全般に当てはまる戦略に思えるかもしれませんが、どのような戦略にも当然「向き、不向き」があります。ABMにおいても、業界やビジネスモデルによっては、採用要否が分かれることになります。
そこで第2回では、ABMは自社にとって有効なコンセプトかどうか、戦略を考えるポイントについて解説します。
(スピーカー:アンダーワークス エグゼクティブディレクター 田口裕、編集:西塔穂波)
ポイント1:ABMは「量より質」を求める
ビジネスの法則のひとつに「20−80の法則(パレートの法則)」と呼ばれるものがあります。「ある事象に対する構成要素を大きい順に並べた時、上位20%程度の要素が事象全体の80%程度を占めることが多い」というものです。この法則をビジネスに当てはめると、「売上の8割は、全顧客の上位20%が生み出している」と言えます。
ABM戦略は、まさにこの全体に対するインパクトが大きい顧客企業(アカウント)を施策の優先ターゲットにするということに他なりません。優先ターゲットにさまざまなチャネルやコンテンツ、キャンペーンを集中させることで、対象となる顧客企業の組織により深いアプローチができ、案件獲得の機会と売上の拡大を目指すことができます。
優先ターゲットに集中するというアプローチは、それぞれの顧客企業の潜在的なニーズ、顕在化しているニーズを把握し、最適なタイミングでの情報提供やコミュニケーションを優先的に実施していく必要があるため、必然的に「量より質」を求めるマーケティングになるのです。
ポイント2:ABMでは顧客企業の意思(インテント)を見る
顧客企業の潜在的なニーズ、顕在化しているニーズを把握し、最適なタイミングで最適な情報提供やコミュニケーションを行うためには、顧客企業の関心を理解する必要があります。自社のWebサイトを分析する際も、企業(アカウント)という軸を導入し、企業別にどのようなコンテンツに関心を示したのか、どのような問い合わせがどの部門から来ているかを集計していきます。
顧客が大企業であるほど、複数のグループ会社や事業部門、プロジェクトチームなどが存在することでしょう。既に取引実績がある企業だからといって、自社のマーケティングや営業によるコミュニケーションでそのすべてを網羅できているとは限りません。企業軸で情報を統合することで、今までは見えていなかった顧客企業全体の意思を知ることができます。これにより、商材やサービスをより最適化できるだけではなく、企業の組織をより広く、深く攻略していくことが可能になります。
ちなみに、小見出しでは「意思」に対して括弧書きで「インテント」と振っていますが、昨今では「インテントデータ」と呼ばれるような企業のWeb行動データを提供するサードパーティーベンダーも数多く存在します。自社が持つファーストパーティデータに、これらのベンダーが提供する外部情報をかけ合わせて分析することで、よりABM施策の精度を高めることも可能です。
ポイント3:LTVの高い顧客が多い企業こそABMが有効
商材やサービスの標準化やパッケージ化が進んでコモディティ化すると、市場において汎用的、一般的なものとみなされ、付加価値や競合他社製品に対する優位性も下がります。市場には多くの選択肢が溢れ、どの企業から購入しても得られる利益に大きな違いが無くなるため、ユーザー企業はオープンな情報から選択肢を広く探し、徹底的に価格を比較して、購入する商材やサービスを決定することになります。
また、商材やサービスによっては営業担当が介在することもなく、オンラインチャネルで販売されるものもあるでしょう。法人向けのオフィス機器や業務用PC、Office製品のようなパッケージソフトウェアなどが例として挙げられます。
このようなコモディティ化した商材やサービスに対してABMの戦略コンセプトを適用することも可能ですが、アプローチする顧客の母数が大きくなりがちです。不特定のタイミングで個別発生する顧客ニーズを捉えるには、SEOや広告、インサイドセールスといった施策を優先するほうが懸命と言えるでしょう。
一方で、商材やサービスが顧客ごとの要望に応じて提案されるものや、都度カスタマイズが必要な場合、特殊な市場に対して提供されるといった場合には、ユーザー企業は自社の要件に応じた提案が可能な企業を探し、しっかりとコミュニケーションをとって提案してもらう必要があります。
この条件に当てはまる企業としては、高付加価値を持つERPのような業務システム、高機能部品や素材、専門性の高いサービスを提供するサプライヤー企業等が挙げられます。これらの企業は案件単位の売上が大きく、商材やサービスが高付加価値でありコモディティ度合いが低く、カスタマイズ性も高い傾向があります。
また、顧客との関係性も長期に渡る場合が多く、いわゆるLTV(顧客生涯価値)が高いため、優良なターゲット企業にフォーカスしてマーケティングリソースを投資するABM戦略との親和性が高いと言えます。
まとめ
戦略や施策に「One fits all(全てに当てはまる)」というものはありません。注目を集めている「ABM(アカウントベースドマーケティング)」も、数多くあるデジタルマーケティング施策の中の一つです。導入を考えるにあたっては、今一度自社のビジネスや顧客、営業課題を理解してから、要否を判断する必要があるでしょう。
解説者
アンダーワークス株式会社
エグゼクティブディレクター 田口 裕(Yutaka Taguchi)
日系産業機器メーカーの駐在員としてアメリカで勤務後、ベンチャー企業にて、海外事業パートナー開拓、市場調査、現地法人の設立や新規事業企画・開発に従事。海外在住経験や海外の事業パートナーとのビジネスを通じて培ったグローバルビジネスや異文化コミュニケーションへの深い理解を活かし、グローバルエンタープライズのデジタルガバナンス戦略策定・実装、大規模Webサイト開発、コンテンツ運用基盤(CMS)導入、顧客データマネジメント戦略、国内外のプライバシー保護規制対策プロジェクトの支援を得意とする。